『一日 夢の柵』

一日 夢の柵

一日 夢の柵

 これも『メッタ〜』でお二人が絶賛していたので読んでみた。・・いいなー、これ。「老人マジックリアリズム」と大森さんが言っていたけど、そもそも「老人」って感じがあまりしなかった。若者より年老いたひとたちに親近感を覚えるようになって久しいが、自分も黒井さんみたく、トシを取っても自らを老人とはなかなか認識できなくて、何かおろおろジタバタするような気がする。特に好みだったのは、『一日』『記録』『隣家』『影の家』『丸の内』『危うい日』あたり。全部よかったけど。
 『一日』は老人の介護施設に母親を見舞った後、友人の息子の写真展に銀座の古いビルを訪ねる初老の男の話で、これがどこがどう、と言葉にするのが難しいのだけど、深く心に残った。露出を一秒間に設定して、歩くひとたちを撮ったブレて、でも足だけがはっきりと写っている写真に、「足だけは残るんですよ」と言われ、その間、人間はどこに居るんだろうと考えるもう若くない男の、その心の中は・・。昼に見舞った母親の、実際は95歳なのに93歳だと信じ込んでいる情景とあいまって、人間という存在のはかなさ、みたいなものを痛切に感じた。なんか言葉にすると全然伝えられないが。
 『丸の内』はしばらくぶりで着たお気に入りのジャケットのポケットに入っていた、全く覚えのない電話番号に電話をかけてみる男の話。これもとりとめがないんだけれど、すごく琴線に触れた。こんな風に、自然に記憶が定かでなくなって、現実と妄想の区切りが曖昧になっていくのだったら、トシとるのって案外いいものかもしれない。完全にボケるのはやだけども。